2020年01月17日
2018年3月29日付で無痛分娩の実態把握及び安全管理体制の構築についての研究グループ(代表海野信也)が『無痛分娩の安全な提供体制の構築に関する提言』を発表しました。
今まで、無痛分娩を行う施設は特に施設基準などもなく、自主性を重んじ医療が行われてきましたが、無痛分娩の医療事故が報道され、不安が募る中、研究班が創設され調査が始まり、この提言によって今後の無痛分を行う施設の一定の基準が設けられました。この提言に強制力はありませんが、皆様が今後無痛分娩を行ううえで、安全に管理ができる体制かどうかを皆様がチェックできる一つの指標になると思います。
今回はこの内容を何回かに分けてご説明したいと思います。
第1回は『スタッフの研修』について説明します。
提言の中でスタッフは2年に1回程度講習を受講する必要があると述べられています。
内容としては,
① 安全な産科麻酔※1診療のための最新知見の習得及び技術向上(Aコース)
無痛分娩麻酔管理者※2、産婦人科専門医の麻酔担当医※3が定期受講
② 産科麻酔に関連した病態に対応できること(Bコース)
無痛分娩麻酔管理者、麻酔科医または産婦人科専門医の麻酔担当医が定期受講
③ 救急蘇生が実施できること(Cコース)
無痛分娩麻酔管理者と助産師または看護師は受講歴が必要
麻酔科医または産婦人科専門医の麻酔担当医が定期受講
④ 安全な産科麻酔実施のための最新の知識の習得とケアの向上(Dコース)
助産師または看護師の定期的受講
この講習は上記のように職種(無痛分娩麻酔管理者/無痛分娩担当医、産科医/麻酔科医)によって受講する内容も異なります。過去の無痛分娩の事故を検証した中で、知識やトレーニングが不十分なために悪い転機につながったと考えられ、安全な無痛分娩を行う底上げとして教育、研修は必要と考えられます。
当院の場合は当院ホームページより確認することができます。
課題としてはまだ十分な研修場所や回数がなく、受講したくてもできない医療従事者が多いため、今後開催日数や場所を増やしていただきです。
※1産科麻酔:産科麻酔とは産科に関連する麻酔のこと。無痛分娩や帝王切開などの際の麻酔のこと
※2無痛分娩麻酔管理者:今回の提言によって設定された、その施設での無痛分娩の責任者
※3無痛分娩担当医:今回の提言によって設定された、その施設で無痛分娩を行う医師
2018年03月22日
分娩は痛みを伴います。『鼻からスイカ』なんて表現を聞いたことがある方も多いとは思いますが、鼻にスイカを入れた方はいらっしゃらないでしょうから、想像はできても、この表現が正しいかどうかはわかりません。そのくらい痛いということでしょう。今日は分娩の痛みをテーマにお話ししたいと思います。
分娩の痛みは経過によって強さや場所が異なります。
子宮の出口が開くまでの間は赤ちゃんは子宮の中にいて、子宮が収縮することで赤ちゃんの頭が子宮の出口を徐々に押し広げることになります。痛みは主に子宮の痛みになるので生理痛の時と同じ場所になります。痛みの強さは人によって生理痛は異なるので難しいですが、徐々に痛くなり、最終的には生理痛の痛みを超える強さになります。下腹部痛以外にも腰の痛みが出ることもあります。
子宮の出口が開いてくると赤ちゃん頭が徐々に下がってくるので会陰部に圧迫感が出てきます。さらに分娩が進み赤ちゃんの頭が産道を通ってくると痛みは腰、会陰部に広がります。当然子宮は収縮しているので、今までの痛みに加えて会陰部、腰の痛みが出てきます。狭い産道を赤ちゃんが通ってくるため、お母さんの骨盤も強い圧迫から形が変形します。骨盤はいくつかの骨で組み合わさり構成されています。骨と骨とが靭帯で繋がっていますが、この靭帯が緩み骨の変形ができるようになります。負担は靭帯のある恥骨と腰としっぽの名残のある仙骨部にかかり、これらの場所が腰痛、恥骨痛として痛くなります。
いざ出産というときに最後の会陰部の進展が不十分で赤ちゃんによって、裂けてしまいそうな場合は会陰切開が行われることがあります。無痛分娩が行われない施設で会陰切開を行う場合は切る部分に局所麻酔の注射をして切開を入れます。この注射も痛いは痛いのですが、分娩の痛みが強いため、注射の痛みはまだマシだと聞きます。会陰切開の後に分娩が行われ、会陰切開部分の縫合に移りますが、局所麻酔が効いていない部分があるとこの縫合にも痛みがあります。無痛分娩ではこの縫合も痛みはありません。
後陣痛は無痛分娩の人にも自然分娩の人にも起こります。無痛分娩は後陣痛には使用しませんので、後陣痛は内服薬で対応させていただきます。
2018年03月06日
無痛分娩を希望されている方で、『無痛分娩は受けたいけれども、大丈夫かしら』と心配されている方もいらっしゃるかと思います。
今回は皆様に安心して無痛分娩を受けていただけるように、無痛分娩の安全についてお話をしたいと思います。
最近の報告では無痛分娩は日本でも徐々に増えてきて現在全分娩の約6%は無痛分娩を受けていることがわかってきました。年々その割合は増してきています。無痛分娩の方法にもいろいろありますが、当院での麻酔方法は硬膜外無痛分娩となります。無痛分娩は医療行為であり、絶対に事故が起こらないとは言えません。しかし、無痛分娩を行わないほうが安全なのかというとそうとも言えないと考えています。無痛分娩を受けることによっても様々な恩恵を受けるからです。痛みがないことで不安がなくなる、心血管や呼吸器に負担がかからない出産ができる、緊急時の帝王切開にも対応ができることなどがその恩恵に当たります。
硬膜外無痛分娩で起こる事故の中で、生命を脅かす合併症は全脊椎麻酔と局所麻酔中毒です。全脊椎麻酔とは本来硬膜外という場所に入るべき局所麻酔薬が誤ってより神経に近い脊髄液中に注入されることで起こります。脊髄液中に薬剤が投与されると直ちにより強力に麻酔の効果があらわれ、通常以上に麻酔が広がる結果、身体全身に麻酔が効いてしまいます。局所麻酔中毒は局所麻酔薬が硬膜外でなく血管の中に注入されてしまうことで起こります。血管の中に注入されると全身に局所麻酔薬が流れ、意識低下や血圧低下など様々な症状が見られます。いずれも硬膜外に入るべき薬剤が髄液であったり、血管の中であったりと異なる場所に投与されることで起こってしまいます。硬膜外付近に脊髄液も血管があるために、このような合併症が起こることがあります。
我々が行う安全対策には以下のようなものがあります。
我々が行う無痛分娩は安全の上で成り立っています。安全が確保されたうえで安心できる無痛分娩を提供することが重要なことなので、もし安全が確保されない無痛分娩であれば行わないほうがいいでしょう。我々は日々無痛分娩について研鑽を重ね、安全で安心できる無痛分娩を受けていただけるように医療を行っております。
2018年01月24日
無痛分娩には様々な方法があります。当院で行われている方法は硬膜外麻酔(鎮痛)という方法になります。硬膜外麻酔と併用して脊髄くも膜下麻酔(CSEAとも呼ばれます)が行われることがあります。これも当院で行うことがありますが詳細はまた改めてご説明します。その他に点滴から痛み止めを入れる静脈麻酔、酸素や空気に麻酔薬を混ぜて、呼吸から痛み止めを入れる吸入麻酔、部分の神経に局所麻酔薬を入れるブロック注射などがあります。
それぞれにメリットデメリットがあり、時代や状況、環境に応じて適切な麻酔方法は異なります。
硬膜外麻酔は前回お伝えしたように少量の麻酔薬を使用することで安全に効果的に痛みを取ることができる一方で硬膜外に管を入れる必要あり、硬膜外麻酔ならではの副作用があります。
静脈麻酔は点滴が必要ですが、点滴さえあれば行えるため簡便です。硬膜外麻酔は背骨の一部の神経にのみ薬が効けばいいのに対し、静脈麻酔は全身に投与されるため、痛みを感じる脳に必要な量を投与するには薬の量も必然的に多くなります。量が多くなれば胎盤移行(胎盤を介して赤ちゃんに薬物が移行すること)も考えなければいけません。最近は鎮痛効果の高い超短時間効果のある静注用鎮痛薬も登場しましたが、その際は安全に行う配慮が医療従事者には求められます。
吸入麻酔はマスクを顔に当てるだけで数分で効果が得られるため最も簡便な産痛緩和法といってもいいでしょう。歯科麻酔などで利用したことがある方もいらっしゃるかもしれません。即効性、簡便性という部分では利点が多くみられますが、『無痛』となると投与量を増やす必要があり、意識が朦朧とし、強い眠気を自覚します。また過去の歴史で誤嚥性肺炎という合併症が存在するため、スタンダードとはなりません。もちろん薬剤は胎盤移行します。それでも簡便性という利点でたまに見かける方法になります。
神経ブロックに関してはその時々に応じて痛い部分の神経に局所麻酔薬を投与していく方法になります。これだけで無痛分娩をするとなると、多くの手技と麻酔薬が必要になり、かなり大変なことになるので、一般的ではありません。当院では硬膜外麻酔と併用して部分的に神経ブロックを行うことがあります。
そのほかに産痛緩和としてアロマテラピー、鍼、精神療法などもありますが、一般的ではありません。メリットとしては大きな副作用がないことになりますが、効果としては疑問視される点もあり、『無痛分娩を行いたい!!』と希望される妊婦さんのご期待に添えられるかは疑問です。もちろん効果があったという話は耳にしたことがありますが、万人に同様の効果があるかはわかりません。
当院では『安全』に『無痛』を実現できる方法を選択し、硬膜外麻酔(鎮痛)を主軸に、必要に応じてその他の痛み止めを行います。『痛みを取ること』も大切ですが、何よりも『安全であること』を最も大切なテーマとして痛みを取っていきます。